She’s Mercedes meets Japan / Vol.2

東京 江戸川区篠崎から柳橋へ 前編 江戸風鈴 篠原風鈴本舗 篠原恵美、久奈

日本各地に今も伝わるぬくもりのある手仕事や、受け継がれてきた確かな技を 次世代へつなげて行こうと活動をしている「uraku」、彼女達が旅のみちみちで 出会う日本の美しい風景や物、事、をメルセデスと共にみつめる旅紀行。 女性2人ならではのゆったりとしたロードストーリーの行き着く先は・・・

photo/ 濱野智(glife) text&edit/石崎由子(uraku) navigator/田沢美亜(uraku)

水の都、江戸の痕跡をたどって

メルセデスで巡る旅第2回目は、東京下町から大川(隅田川)を渡り、今も工場などが多くのこる江戸川区篠崎から神田川が隅田川と合流する場所、柳橋までドライブしていきます。江戸の町に交通や運輸のために張り巡らされた水路をたどる旅ともいえるかもしれません。今回の旅のお供はメルセデスGLA 180のカルサイトホワイトです。
最初に訪ねたのは、現在江戸にはもう2件しか残っていない、江戸風鈴「篠原風鈴本舗」さん。伝統の吹き硝子と絵付けの技術で、今も変わらず涼やかで美しい「日本の音」を作り続けるしなやかで力強い思いを伺いました。

風鈴の音は「日本の音」

風鈴の歴史はとても古く、元々は魔除けとして使われていた様です。音で邪気を払うとされていて、昔の人は軒下に下げていました。お寺の四隅の軒先に飾られている風鐸が変化したものだそうです。元々は、金属や、土(焼き物)でできた物を人々は使用していました。
江戸時代、びいどろの製作技術が長崎に入り、江戸の町にも伝わります。当時珍しかった吹き硝子で風鈴を製作する人が現れ、広まっていったそうです。
そんな経緯もあり、江戸風鈴とは吹き硝子で作られている事が定義となっていて、江戸時代の後期に今の様な丸いかたちに定着してきたようです。とはいえ当時はまだ魔除けの役割でしたので、夏の風物詩というイメージではなく一年通して使用され、基本的には縁起の良い絵柄を絵付し、ベースは魔除けの赤一色で仕上げる事が普通だった様です。
風にゆられて優しい音を奏でる風鈴は日本の歴史の片隅でいつも鳴り響いていた「日本の音」の文化でもあるのです。
「篠原風鈴本舗」さんはそんな日本の音を継承する江戸風鈴の老舗です。江戸川区篠崎という場所で製作を家族中心で行っております。3代目の奥様、恵美さんと三女の久奈に歴史のお話から、製作のお話までゆっくり風鈴の音を聞きながら、伺いました。

2種類の音色を含んだ江戸風鈴

まずは吹き硝子の工程を見せていただくことになり、奥にある、炉のところへ。真っ赤になった硝子が炉の中でどろどろになっていて温度は1300度とのこと。離れていても熱気を感じます。最初に“さお“と呼ばれる長い管の先に“たね”をくるっと均等にまきとります。少し吹いて口玉をつくり、またそのうえ半分だけにもう一度“たね”をまきとります。そしてまた少し吹いたら、長い針金で糸を吊るす穴をあけ、次は強めに一気にふいて風鈴の大きさまでふくらまします。そして“さお”から切り取ります。そこまでのリズミカルででテンポの良い手つきはあざやかの一言です。
形になった風鈴の元はもう柔らかくなく、赤くもないのですが、実際は800度ほどあるので、10分ほどさましておきます。

さめたら最初の小さな口玉部分に傷をつけてスポン!と切り落とします。切り口は基本的にはこのままなんですが、危ないのでヤスリでけずり少しだけ滑らかにします。
これもまたあざやかであっと言う間にこなしていきます。切りっぱなしの状態にしておくのは硝子がこすれる音も楽しむからだそうです。江戸風鈴は硝子のぶつかる音と、こすれる音の2種類の音が鳴っているのです。これは300年前の江戸っ子風鈴師が考えだした方法で、今も変わらず伝えられています。手作りなので、一つ一つ音が異なり、個性があってとても美しい音色です。ちょっと体験してみませんか?と言われて挑戦してみましたが、当然ですがとても難しく、「あんなに軽やかにやっていたのに」と改めて技術に惚れ惚れしてしまいました。
実際は温度や湿度や、硝子のちょっとした状態の違いで堅さやねばり等が違うのだそうで、炉の中の硝子の状態を見極めて、たねをまきとる厚みや、吹き込む息の量なども微妙に調整しているのだそうです。

時代の変化に対応しながら美意識を継承して行く

風鈴の形になった硝子の小丸に今度は絵を付けて行きます。顔料を筆で一つ一つ丁寧に内側から描いて行きます。絵付けの実演は三女の久奈さんが行って下さいました。細かく繊細な作業で、先ほど見せていただいた、繊細だけどちょっと体力が必要な作業とまた違った技術を感じます。ちなみに、亡くなられた3代目のお父様は両方の作業を行っていたようで、本当に柔軟な技術力をお持ちだったのだと思います。
絵付けの作業を見ながら、恵美さんがいろいろな苦労話もお話しして下さいました。
大きな変化は現代の家庭事情だそうです。軒下がない家庭がほとんどとなってしまい、風鈴をどこに飾ったら良いか分からないという声がよく聞かれるそうです。
そこで、お部屋でも吊るせる道具を作ってみたりと変化に対応をしています。
またかなり安価な中国製の風鈴が沢山出回っているという事実もあるようです。
ただ安価な物は、型抜きなので2種の音色はでませんし、絵付けも外からのプリントなのでそのうち取れて行くのだそうです。
その他にも道具などを作る職人さんや、自分たちで出来ない作業を行ってくれていた職人さんが一人また一人と減ってきてしまっている事も、いろいろ不安を感じてはいるそうです。
それでも、家族で守ってきた技術を若い娘さん達の世代の新たな感覚を取り入れながら伝えて行こうと思われているそうです。
繊細な“音”に風情を感じて、魔を払うという感覚自体が日本人の美意識なのではと
強く感じました。またその美しい音を奏でる、目で見ても美しい形を作り出していった江戸っ子の粋さも大切にしていかなければならない感覚なのだろうと思います。
篠原風鈴本舗さんは単純な風鈴職人さんという言葉だけではかたれない、「日本の音」を作り続け、伝えていってくださる、継承者なのです。

店舗データ

江戸風鈴 篠原風鈴本舗
東京都江戸川区南篠崎4-22-5
tel:03-3670-2512
http://edofurin.com/
定休日:休日、祝日
営業時間:9:00~18:00(12:00~13:00は昼休みのため休み)

<urakuプロフィール>  http://urakutokyo.com/
ファッション誌や広告などで活躍中のモデル田沢美亜(たざわみあ)とTOKYO DRESS などのプレスやアパレルブランドのディレクションを務める石崎由子(いしざきゆうこ)の2人で立ち上げたユニット。
日本各地に残るぬくもりある手仕事や確かな技、それら日本人が大切にしてきた美意識や心を現代の生活や次世代に残し伝えていく事を目的にしています。またそこから海外への発信、架け橋になるようにと活動を続けています。

<Special Thanks>
BLUEBIRD BOULEVARD : Dress
OLIVER GOLDSMITH(Continuer):Sunglass

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