
還暦を迎える夫が、カブリオレを購入したいと言う。「いつかママをオープンカーに乗せて走りたいって、パパが言ってたよ。若い頃にバイクで体験したオープンエア・ドライブの爽快感を、ママと一緒に楽しみたいんだって」。娘からそう聞いてはいたが、まさか本当のことになるとは…。
3か月後、真っ赤なEクラス カブリオレが我が家にやって来た。真新しいクルマで、私たち夫婦は浜名湖へのドライブに出かけた。途中、御殿場を越えたあたりで突然のにわか雨に見舞われた。ルーフを閉めようと、スイッチに手をやる夫。私は何気なく尋ねた。「初めて二人でオープンカーに乗った時のこと、覚えてる?」
それは約30年前、結婚後間もないハワイでのこと。レンタカーを借り、オワフ島東海岸の美しい海岸線を走っていると、突然大粒の雨が降り出した。当時のオープンカーは、ルーフの開閉が今のような電動ではなく手動式。「そうだ。確かあの時も突然雨が降ってきて。二人で慌ててクルマを降り、『たいへん、たいへん』って言いながらトランクから幌を取り出して閉めたっけ」と夫。「30年の間に、クルマもずいぶん変わったのね」。私たちは思わず顔を見合わせて笑った。若い頃交わしたような甘い会話ではない。けれど、ともに過ごしてきた歳月と思い出が二人の間に静かに流れた。
浜名湖での一日を満喫した帰り道。久しぶりに見せる生き生きとした表情で夫が、「今度はフェリーに乗って北海道に行こう」と提案してくれた。大平原を一本道がどこまでも真っ直ぐに延びる北海道の光景は、私たちが6 年半を過ごした懐かしいアトランタの景色に似ていると言う。
娘が独立した今、これからますます大切になってくるであろう夫婦の時間。その限られた人生の時間を、赤いカブリオレとともに豊かに紡いでいけたらと思う。
※このコンテンツはユーザーの皆様からのストーリーをもとに再現しており、モデルの表記や仕様については実際と異なる場合があります。