フルモデルチェンジに近い設計変更
2017年4月の上海モーターショーでフェイスリフト(マイナーチェンジ)のメルセデス・ベンツSクラスが発表された。フロントマスクが若干変わった程度かと思っていたが、実はとんでもなく進化していたのである。この新型Sクラスは8月に日本上陸を果たし、すでにセールスが開始されている。そして、この10月に市場投入されたレクサスLSのほか、2020年を前にして、世界の高級車が動きだしているとの情報を耳にする。2020年を前にして、世界の高級車が動きだしたのだ。ライバルたちが同じようなタイミングで新型を投入するのは、単なる偶然なのか。そのあたりから新型Sクラスを見てみよう。

新型Sクラスのフェイスリフトに先立ち、二度ほど技術のワークショップに参加したが、そこには入念に練られた技術戦略が存在していた。いくつかの新しい機能は驚くほど先進的で、販売上のライバルを意識して開発されたものではないことがとてもよく分かる。その多くの先進技術が新型Sクラスから採用されることになっていた。
新しいパワートレーンで驚いたのはモーターとエンジンを組み合わせたプラグインハイブリッドPHEVではなく、走りの大元となるエンジンを大幅に進化させたことだ。ディーゼルに関しては、欧州では批判を浴びている。日本ではプレミアムとしてメルセデスのディーゼルは定着しているが、新型Sクラスにはガソリンエンジンだけとなった。
新型Sクラスはフェイスリフトであるが、設計変更は約6500にものぼる。国際試乗会に参加したとき、メルセデスの本気度は私の想像以上だった。ただし見える部分のアレンジが少ないため、どこが変わったのか分かりにくいが、その内なる部分を磨き上げてきたようだ。さすがは“S”と思わせる、キメの細かい変更が遂行されているが、大きなトピックとなるのは、エンジンと将来の自動運転をにらんだドライバー・アシスト・システムである。
メルセデスSクラスは性能が高級
SクラスのAMGモデルのエンジンは二種類用意される。トップエンドはV12気筒のMercedes-AMG S 65 ロングだ。6リッターV12をツインターボで加給すると1000N・mのトルクを発生。パワーは630PS。ギアボックスは1000N・mに耐え得る7速トルコンAT(7Gトロニックプラス)を装備する。速さではMercedes-MG S 63に譲るが、V12ターボの力強くもトロッとしたドライブフィールこそ、孤高な高級車だと思った。
思い出すこと十数年前。高級リゾートで知られるカンヌでSクラス初のV12ターボの試乗会に参加した。5代目W221には5.5LのV12気筒ターボが搭載された。ホスト役として夕食会で同席したユルゲン・フーバート メルセデス部門の社長に「なぜV12気筒をターボ化したのか」と私が聞くと、すこし酔った勢いも手伝って「真の高級車にはパワーが必要」と迫力ある答えがフーバート社長から。隣に座っていた故徳大寺有恒先生は「メルセデスは性能が高級じゃないといけないんだね」と念を押した。

以来、高級車は革シートとかウッディーな内装とか、目に見える部分だけではく、走る機能が高性能であることがメルセデスの教えなのだと思った。パワーに対する欲望にこそ、王者の迫力を感じたものだ。現在、V12ターボはMercedes-AMG S 65 ロングとS 600 ロング、Mercedes-Maybach S 650に搭載される。いずれにせよ、V12ターボの世界はパワーウオーズの頂点に君臨する。
トロッとした乗り味は他では味わえない高級感
国内で市販されるS 560 ロングをテストドライブしたが、その性能をより際立たせているのは、電子制御9速AT(9G-TRONIC)の存在である。とにかく制御が素晴らしい。ドライバーの意思、要するに繊細なアクセルコントロールを正確に汲み取ってくれるのだ。漫然とアクセルを踏むだけでなく、意思を持って操作すると、それをコンピューターが理解する。人とシステムが見事に調和するプログラムを実現している、ソフトウェアの完成度が高いのが印象的だった。

試乗車のS 560 ロングにはマジック・ボディ・コントロール(MBC)と呼ばれる電子制御アクティブ・サスペンションがオプション設定される(S 600 long、Mercedes-AMG S 65 long、Mercedes-Maybach S 560、Mercedes-Maybach S 650に標準装備)。2013年に導入されているが、ステレオカメラの路面スキャン精度が高められ、秒速50mでも路面変化に対応可能(180km/hまで)となった。さらに、コーナリングでは最大で2.65度まで逆ロールとなるから、コーナーリングが楽で愉しい(逆ロール:コーナーのイン側が沈み込むような姿勢)。
MBCが備わっていないエア・サスペンションでもまるでビロードの絨毯の上を流れるように走る感覚は身も心も走行時の横Gに体を委ねる感覚だ。これはさすがの私も未体験のものだった。静かでトルクフルなエンジンと、動物的なサスペンション。Sクラスはパワーだけではなかったのだ。
Sにはロング/ノーマルの両方があり、ノーマルモデルではとりわけ、日本の駐車事情、道路事情に適している。またそれだけではなく、ノーマルでも後席のゆとりがしっかりとあり、またシートのホールド感が格別だ。
高度なドライバー・アシストは快適だ
プレミアムサルーンにとって、いまやもっとも欠かせないのが、高度なドライバー・アシスト・システムだ。高速道路では使用頻度の高いACC(メルセデスの場合はアクティブディスタンスアシスト・ディストロニック)は、先行して採用されていたEクラスのシステムを進化させて搭載してきた。高速道路上であれば完全停止状態からの自動発進機構が付き、30秒以内であれば再発進が可能となった。あわせて、歩行者を検知して飛び出し時などに反応するアクティブブレーキアシストや緊急回避補助システムなど、レーダーやステレオカメラ、超音波センサーを駆使して、アクセルやブレーキ、ステアリングの操作をクルマ側が巧みにアシストしてくれるのだ。
余談だが、スイスの海外試乗会で用意されていた欧州仕様車は、ACCをベースに、コーナーのRなどの情報を集約したナビゲーションとスピード制限標識を読み取るカメラなどを連動させることで、走行ルートを先読みする段階まで進めている。だから前方に車両がいなくても速度は自動制御されるし、コーナーにも適応してステアリングは自動操舵する。特に見事だったのは、コーナーリング中の加減速だった。あまりのスムーズさに驚いたものだ。

こうしたハイテクの進化だけではなく、私が長年行っているダイナミックセイフティテストにおけるウェット旋回ブレーキテストでは、ライトウエートなスポーツカーよりも短い距離で停止することができた。この模様はいずれ記事でレポートするが、クルマの大きさからは考えられないほど、停止距離が短かった。
クルマがどこまで人間に近づくことができるのか。メルセデス130年のクルマ作りの哲学が、ハイテク時代にむしろクローズアップされてくるのが面白い。実際にSクラスに乗ると、もはや金属の塊の移動体ではなく、神経と知能が宿り、しなやかな脚を持った俊敏なアンドロイドに乗っている気分である。
セクシーなおもてなしのコンセルジュが乗っている
エクステリアのフェイスリフトは、光ファイバー(3本)のフロントヘッドライト、ツインルーバー形状のフロントグリル、フロントバンパー形状(エアインテーク含む)を刷新して、Sクラスらしい精悍なマスクに仕立てられた程度だが、他にもスマートフォンを使って車外から操作できるリモートパーキングアシスト(S 600 long、Mercedes-AMG S 65 long、Mercedes-Maybach S 650には非搭載)といった斬新な機能もある。インテリアにはEクラスから始まった高解像度のディスプレイ、24時間365日オペレーターが対応してくれるメルセデス・ベンツ24時間コンシェルジュサービスという“おもてなしサービス”など、運転中のドライバーを落ち着かせたり、元気にさせたりするリラクゼーション機能も与えられている。プレミアムサルーンの世界を牽引するSクラスにとって相応しい付加価値ではないだろうか。

メルセデスは最古の自動車メーカーとして、長年に渡って続けている事故データの収集と分析から導いた、ヒューマンエラーを軽減するセーフティーデバイスの開発――「走る」「曲がる」「止まる」「繋がる」ための技術を磨き上げ、真摯に向き合ってきた歴史と伝統がある。「人はミスをする」という哲学に基づき徹底した安全技術の追求にこだわり続けている。「事故がゼロになるまで」という言葉は歴代の安全技術のトップが語っていたことだ。その集大成として、それを体現するのがSクラスというモデルだ。だからこそ本物のステータス感が宿るのだ。
ABOUT CAR
S-Class Sedan
常に最高峰であり続けるために、自らを革新し続けるSクラス。
そこにあるのは、自動車の行く先の道標となる、揺るぎない未来。
モータージャーナリスト 清水和夫

1954年生まれ東京出身。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして、多方面のメディアで執筆し、TV番組のコメンテーターやシンポジウムのモデレーターとしても多数出演。国際産業論に精通する一方、スポーツカー等のインストラクター業もこなす異色な活動を行っている。