
今回は東京駅を出発地とし、日本が誇る有数の観光都市、日光を目的地に設定した。新型Eクラスに備わった最新のインフォテインメントシステム「MBUX」(メルセデス・ベンツ ユーザー エクスペリエンス)に「日光東照宮に行きたい」と話しかければ、すぐに最適なルートを検索し、案内を開始してくれる
しっくりと馴染む
いつもなら寝るような時間にその日は起きて、集合時間の5時半に東京駅前に到着した。この時期の日の出は6時前後だから、辺りはまだしっかりと夜の風情である。撮影の打ち合わせや準備をしていると、修復と復元が繰り返されてきた駅舎の向こうの空が橙色の朝焼けに染まり、界隈の摩天楼が切り絵のように浮かび上がり、しばし見とれた。「早起きは三文の徳」というけれど、「朝焼けは雨、夕焼けは晴れ」とも言う。
静寂に包まれて生命力が感じられない無機的な丸の内も、7時くらいになると人もクルマもジワジワと増えてきて、いつもの有機的な東京が今日もやってきたとちょっと安心する。2020年になってフェイスリフトを受けたメルセデス・ベンツのEクラスは2016年に登場した。“Eクラス”と呼ばれるようになってからは5代目に相当する。初代Eクラス・セダンは“W124”の名称で知られる名車であり、メルセデスの中核を成す存在だった。当時のメルセデスのセダンは、ミディアムサイズのEクラスの下にコンパクトサイズのCクラス、上にラージサイズのSクラスしかなかったので、Eクラスはまさしくど真ん中のポジションにあった。ところが、時代の変化に応じたプロダクトポートフォリオにより、メルセデスに限らず自動車メーカー各社はボディサイズの拡大とモデルラインナップの拡充を余儀なくされる。そしていまではCクラスのボディがW124よりも大きくなり、Cクラスの下にはAクラス・セダンが誕生した。こうなってくると、現代におけるEクラスの存在意義って何なんだろう。そんなことをちょうど考えていたので、セダンとステーションワゴンを乗り換えながら走る日光までの往復400kmは、その答えを探り出すにはちょうどいい距離と時間だと思った。

ライトやグリル形状は角のとれた多角形となり表情が柔和になった。写真の「アバンギャルド」仕様のほか、グリル内に3本のルーバーが入る「エレガンス」仕様が一部グレードに用意される。ボディサイズはセダンが4940×1850×1455mm、ステーションワゴンが4955×1850×1465mm。ホイールベースはいずれも2940mm
ドアを開けてシートに座り、ドアを閉めてエンジンスタートボタンを押し、シートを合わせてシートベルトを締め、ステアリングの右側にあるシフトレバーをチョンと押してDレンジに入れてしずしずと走り出す。ビルの谷間を抜けて首都高に滑り込み、上り車線のひどい渋滞を横目に見ながら東北道に入る。ここまでの約30分で、路面からの入力に対するランフラットタイヤ特有の感触以外に気にとめたことはただのひとつもなかった。こういう仕事をしていると、新しいクルマに乗ると無意識のうちに粗探しをするようになる。ドアの閉まり音が安っぽいとかシートポジションがなかなか決まらないとかメーターが見づらいとかアイドリングストップのマナーが悪いとかペダルが軽すぎるとかステアリングが重すぎるとかなんとか。ところがこのEクラスは、ここまでそういうことがまったくなかった。まるでいつもの自分の愛車にでも乗っているかのように、初見でも運転操作で戸惑うことなくすぐに馴染んで普通にドライブできるクルマは稀である。はき慣れたシューズに足を入れるとか、そんな感覚に似ている。
このままだと鼻歌交じりにあっという間に日光へ着いてしまいそうだったので、我に返ってちゃんと仕事をすることにした。インテリアは基本的に従来型を踏襲している。横長の大きなプレートに2枚の液晶パネルが組み込まれたダッシュボードの風景はこれまでどおりだが、左側にあるナビゲーションや各種設定が表示される液晶はタッチパネル式に変更されている。これで左側の液晶は、タッチパネルとセンターコンソールのタッチパッドとステアリングから操作できるようになった。そしてこのステアリングが、インテリアにおける今回の最大の変更点かもしれない。

12.3インチのスクリーンを2枚つなぎあわせた広大なガラスモニターが特徴的な新型Eクラスのコクピット。基本的なレイアウトはフェイスリフト前と変わらないものの、特にステアリング周りの操作性が向上した
ステアリングは“静電容量式”となった。“静電”とはいわゆる静電気のこと。人間の身体は微弱な電気をため込んだり通過させることができる。この性質を利用して、押し込まなくても触れただけで反応するスイッチが静電容量式。要するにスマートフォンやATMなどと同じ原理である。ステアリング上のスイッチ類の種類や数はこれまでと大差ないものの、プッシュ式やロータリー式といったメカニカルスイッチは姿を消して、すべてタッチ式となった。
いつの間にか、ステアリングはスイッチが並ぶ光景が当たり前となってしまった。ステアリングから手を離さずに各種機構が使える利便性があるいっぽうで、ステアリングはどんどんと重くなる傾向にあった。クルクルと回すステアリングは軽いほうが操作性もフィーリングもいい。静電容量式にするとメカニカルスイッチよりも部品点数が減るのでステアリングが軽くなるメリットがある。試乗車に装着されていたオプションの“AMGラインインテリアパッケージ”にはAMGスポーツステアリングが含まれていて、この使い勝手がすこぶるいい。タッチ式は触れるだけで反応してしまうのでミスタッチが起こる可能性も否めない。AMGスポーツステアリングはスイッチが配置される部分が2段式の棚のようになっていて、ステアリングを握ったまま親指を伸ばすと自然とそこに置かれるから、狙ったスイッチを操作しやすいのである。こういうのを人間工学的に正しいスイッチレイアウトという。

新型には1.5ℓ直4ターボ(184ps/280Nm)から4ℓV8ツインターボ(612ps/850Nm)までの計8タイプのパワーユニットが用意される。テスト車は1.5ℓの最小排気量モデルだったが、日光のいろは坂でも音を上げることはなく、力強く急坂を駆け上がってくれた
静電容量式はスイッチ類だけでなく、ステアリングのリム部分にも採用されている。これはインテリジェントドライブ使用時に重宝した。メルセデス・ベンツのADAS(先進運転支援システム)であるディストロニックは、ステレオマルチパーパスカメラとレーダーセンサーを併用して高速道路などで先行車を認識、一定の車間距離を保ちながら部分自動運転をする機能で、車速だけでなくステアリング操作もアシストしてくれる。これまでは、ドライバーがしっかりとステアリングを握ってある程度のトルクをかけていないと“手放し運転”と見なされてワーニングランプが頻繁に点灯した。静電容量式になったことで、ディストロニック作動中はステアリングに軽く手を添えているだけでも「直ちにステアリング操作をできる状態にある」と認識して、ワーニングランプが点灯しなくなった。
自動車メーカー各社は最新のADASを次々と発表し、どれもよくできていると思う。ADASはドライバーに代わって運転を部分的に代行してくれるシステムなので、ADASの運転の作法がそのドライバーに合うか合わないかという、新しいクルマ選びの選択肢が今後追加されていくかもしれない。「あの人の運転なら安心して任せられる」と感じる場合があるのと同じことである。個人的にディストロニックはとてもしっくりくる。加減速の塩梅やステアリングの切り方などが、自分だったらこうするだろうなという予想にほぼマッチしているし、たまに自分よりも上手じゃなかろうかと感心する場面もあったりするからだ。
東北道ではディストロニックに運転サポートをお願いしつつ、MBUXを試してみた。MBUXは自然対話式音声認識機能で、主な車内装備をコントロールできる。たとえば日光東照宮をナビゲーションの目的地に設定したいときには、「目的地」「日光東照宮」ではなく「日光東照宮に行きたい」と言えばいいし、23℃に設定したエアコンを24℃に変更したいときには「エアコン」「24℃」ではなく「ちょっと寒い」と言えば済む。新型Eクラスではこうした機能に加えてあらたにインテリア・アシスタントが使えるようにもなった。天井のオーバーヘッドコンソールには3Dカメラが設置されていて、ドライバーと助手席乗員のそれぞれの手や腕の動きを個別に検知して、ディスプレイやタッチパッドに手を近づけるだけでメニュー画面が自動的に表示されたり、夜間には手を伸ばすだけでリーディングライトのオン/オフができたりする。正直に告白すると、こういう機能はしょせんギミックに過ぎず、眉に唾を付けていた時期もあったのだけれど、実際に使ってみるとその便利さを痛感する。
ドライバーズセダンの羅針盤
日光宇都宮道路のパーキングでいったん休憩。ここで気が付いたのは、これまでよりも明らかに疲れていないということだった。ディストロニックやMBUXのおかげもあると思うけれど、乗り心地や静粛性や直進安定性といったクルマの基礎体力みたいなものがしっかりしているからだろう。部分自動運転中は、ドライバーの足は自由になり手は添えておくだけとなり、精神的余裕も生まれるから振動や騒音には敏感になりがちだ。Eクラスはクルマに運転をサポートしてもらっている最中でも、基本性能の高さ由来の快適性が担保されているので、疲労が最小限に抑えられたのだろう。

安定した姿勢のまま日光のワインディングロードを駆け抜けてゆく新型Eクラス。正確性と応答性に優れるステアリングからもこのクルマの素性の良さがうかがえる
いろは坂はステアリングを左右に切りながら急勾配を登っていく道だが、何度も切り返しても操舵応答遅れはまったくなく、無駄な動きも一切ないままにドライバーの意志どおりの正確な挙動を見せる。特別なことは何もしていないのに、次から次へとやってくるコーナーをスムーズにクリアしていった。電子制御式ダンパーを使わずに、この4輪の接地感とボディコントロールはお見事である。エンジンは直列4気筒ターボで、その排気量はわずか1496ccに過ぎない。昭和生まれのおじさんからすれば、スペックを見ただけだと「こんなちっこいエンジンじゃまともに走るわけがない!」となるわけだけれど、このユニットはBSG仕様で、スターターとオルタネーター(充電器)の役目を持つモーターがエンジンをアシストしてくれるから、今回の全行程で184psと280Nmのパワーとトルクに不足を感じたことはただの一瞬もなかった。400km走っての燃費は12km/ℓ前後(セダン/ステーションワゴンともに)を記録。高速巡航であれば15km/ℓは余裕で走るだろう。

フロントと同様に、リア周りもライトの形状が天地方向に薄く柔らかな形状に改められた。そのためだろうか、フロントフェンダーからリアエンドに向かって流れるように走るサイドのキャラクターラインと相まって、のびやかさが増したように見える 撮影協力:ふふ 日光 Tel.0288-25-5122 www.fufunikko.jp
中禅寺湖畔の紅葉を車窓に眺めながら撮影にご協力いただいたラグジュアリーホテル「ふふ 日光」に到着。ご厚意で館内やお部屋を拝見したが、細部に至るこだわりが秀逸で、使用されているほぼすべての素材や色や形状には意味やストーリーがあるとうかがった。W124のデザイナー、ブルーノ・サッコが言った「意味のない形状はない」を思い出した。
雨の止み間を狙っての(やっぱり雨に見舞われた)撮影は無事終了し、セダンからステーションワゴンに乗り換えて家路につく。そして考える。現代のEクラスの存在意義について。考えているうちに、ふといま自分が運転しているのはセダンかステーションワゴンか失念した。自分が運転しているのはセダンでもステーションワゴンでもなく“Eクラス”であると思った。これこそが、Eクラスの存在意義ではないか。ボディサイズでいったら、都内を動くにはCクラスやAクラスのほうが使い勝手がいいかもしれない。しかしEクラスには、レストランで4人掛けの席にひとりで座っているような空間的な心地よさがある。心地よさはドライブフィールも同様だ。奇をてらわないハンドリングや動力性能は、適度な緊張感を伴うリラックスしたドライブへ誘う。こうした乗り味が、セダンでもステーションワゴンでもまったく変わらないこともまたEクラスの魅力のひとつである。
価値観の多様化などと言われて久しいけれど、多様化に埋もれて本来のあるべき姿であるスタンダードを見失ってしまうときがある。Eクラスはドライバーズセダンのスタンダードであり、これからもそうあり続けてほしい。私たちが自動車の道に迷わないためにも。
カーグラフィック2021年1月号別冊付録「The New E-Class Style Book」から転載。