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W123で駐ソマリアドイツ大使が走るケニア

translation: Masanori Yamada

1981年製のメルセデスが灼熱の地で見せた、頼もしさと美しさ。

ンゴングの丘の麓に向けてアフリカを走った──。そんな一節から始まる『Out of Africa(邦題・アフリカの日々)』は、デンマークの小説家カレン・ブリクセンがケニアで暮らした時期を追想した自伝的小説である。恋人デニス・フィンチ・ハットンと彼女の悲劇的なラブストーリーをもとに、『Out of Africa(邦題・愛と哀しみの果て)』の名で映画の舞台にもなった大地は、庭師が落ちた枯れ葉を掻き集め、メイドが甘い香りのするパンケーキを焼く早朝から十分すぎるほど暑い。ドイツの駐ソマリア大使、クリスチャン・レッシュはソマリアに大使館がないため、ここケニアを拠点に日々の公務をこなしている。

ドイツの駐ソマリア大使、クリスチャン・レッシュと1981年製のW123(E 200)

スタッフとともに暮らす官舎代わりの住居のガレージには、主に彼の妻が運転する日本製のSUVともう1台、幾らかくすんでしまった古い白色のセダンが収まっている。1981年製のW123(E 200)だ。長い間に何人ものオーナーが走らせてきたベテランだ。これから向かうナイバシャ湖までの100㎞を無事に走りきるため、“栄光の時代の老人”はたっぷりのクーラントを必要としていた。「ハクナマタタ!」 は「心配ない!」を意味するケニアの言葉だが、裏返せばそれは「心配する状況がある」ということ。何も起きないことを祈るばかりだ。

重みのあるドアを開けると、往時の裕福なオーナーたちが眺めていた機能的なインテリアが目に飛び込んできた。右側にある運転席が、ケニアがかつてイギリスの植民地であったことを思い出させる。ダッシュボードを覆うブルーのカーペットは強烈な日射しを遮るためではなく、数十年にわたって浴びた太陽光線のイタズラを隠すためのものだ。アクセルペダルを軽く煽りながら、クリスチャンが慣れた様子でM102エンジンを目覚めさせると、いかにも機械音といった逞しいサウンドが響く。いずれもずっしりとした重みを伝えてくるクラッチペダル、シフトレバー、パーキングブレーキ。メルセデスのタフネスは、時代を経ても変わることがない。

しっかり整備されたW123

ナイロビ市内の道路ではスピードを抑制するためのバンプをよく目にする。20㎞/h以下でないと車体が軽くジャンプするほどの高さだが、地元のドライバーたちは「ハクナマタタ!」とばかりに急加速と急ブレーキを繰り返しながらリズミカルに走り抜けていく。もちろんクリスチャンはそんなふうには走らないが、3年前にインド人から購入し、しっかり整備されたW123はご機嫌そのもの。およそ6km/ℓの燃費も、ハイオクガソリンがとても安価なアフリカの肌感覚では悪くない。

W123のインテリア

1975年の生産初年度には“ストローク8”=W114/W115と並んで製造されていたW123は、10年間で270万台以上が世に送り出された傑作。タコメーターが壊れているクリスチャンのW123ではあるが、今もって堅牢なセダンは立派に外交官のパートナーになり得ている。

ナイバシャ湖への道程

ナイバシャ湖への道程は様々な刺激に満ち溢れている。歴史あるヴィラやスラム、鮮やかなカラーパレットの服を着た人、特徴的な木製の棒(ルング)を手にしたマサイ。溢れんばかりに荷物を積んだ古いトラックやモペットと走ることには、少なからず危険がともなうという現実がそこにある。外交官特権のライセンスを持っていなかったとしたら、年老いたW123は交通違反や整備不良を取り締まる警察官に止められてしまうかもしれない。もっともクルマのコンディションに問題はなく、それこそ「ハクナマタタ!」なのだが。舗装の荒れた道をひた走るW123は、クリスチャンをナイバシャ湖へと運んでいく。

道に現れたキリン

窓の向こうに見えるのはンゴング丘陵、iPodからは流れるのは『Out of Africa』のサウンドトラック。映画の中でカレン・ブリクセンとデニス・フィンチ・ハットンが彼の飛行機で降り立つシーンのように、W123はアフリカ大陸を南北に縦断する巨大な谷グレート・リフト・バレー=大地溝帯の道を滑るように下りていく。水面からカバが顔を出し、ワシが頭上を飛ぶ赤道にある湖のほとりにいると、人生が簡単なもののように思えてくる。

走るW123

アフリカの大自然とドイツの工学が織りなす鮮烈なコントラストが、W123をタイムマシンであるかのように思わせた。あらゆる事象が凄まじい速さで流れていく西洋世界の人間であるクリスチャンは、そのスピードが減速するような感覚に包まれた。Hakuna Matata!

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