周りを圧倒する存在感

圧倒的な存在感を放って、そのマシンは佇んでいた。
見た目が周りの空気を一瞬で変えるような迫力に満ち溢れており、まさに威風堂々という表現が相応しい。
ノーマルとは異なる縦の桟が入るグリルと、それを取り巻く大きな開口部のフロントバンパー。そしてリアに鎮座する固定式のリアウイングと、F1のディフューザーを思わせるリアバンパーの造形…極めてレーシーなディテールによって、周りのクルマとは明らかに一線を画した存在をアピールしている。
そして極め付けは、“グリーンヘル”という名称が与えられたボディカラー。世界で最も過酷なサーキットであるドイツのニュルブルクリンク北コースの別称でもあるこの名前が与えられた理由はもちろん、このマシンのルーツがこの場所にあるから。マット・グリーンのボディカラーは同時に、このマシンがタダモノではないことを無言で物語っているともいえる。

AMG GT R。
車名の最後に与えられたRは、ニュルブルクリンク北コースで行われる毎年恒例のレース、ニュルブルクリンク24時間を戦うマシンとの共通性があるからこそのもの。事実、このレースを走るAMG GT3から受け継いだエッセンスが、そこかしこに与えらえたマシンなのである、このGTRは。そしてそれがゆえに、圧倒的な存在感を発揮している。まさにレーシングマシン譲りの、闘うからこその研ぎ澄まされた存在感が受け継がれているといって良いだろう。
ただし、このAMG GT Rはあくまで、公道走行が可能なマシンである。
AMGが世に送り出したオリジナルのスポーツカーであるGTをベースに、様々な部分をニュルブルクリンク24時間を始めとするレースからのノウハウを注入して仕立てられたこのGTR。まず注目といえるのはなんといっても搭載エンジンの性能向上だろう。
圧倒的なスペックを実現する4.0L V8ツインターボ・エンジン
レーシングカーのAMG GT3では6.2LのV8NAが搭載されるが、市販のAMG GTでは4.0LのV8ツインターボが搭載される。GTの場合でも最高出力が462ps、最大トルクが61.2kgmと圧倒的な数値を実現する。が、さらに上級のGTSでは最高出力が510ps、最大トルクが66.3kgmへと性能向上している。それがこのGTRでは実に、最高出力が585ps、最大トルクが71.4kgmとされている。その上で車両重量はこのGTシリーズの中では最も軽量な1640kgを実現しているのだ(AMGパッケージ装着かつセラミックブレーキ装着車の場合)。

この結果、動力性能は当然向上しており、0-100km/h加速タイムと最高速は、GTが4秒/304km/hに対してGTSが3.8秒/310km/hを実現する。これらに対してGTRは3.6秒/318km/hを実現している。
では実際に、その走りはいかなるものなのか? 早速試してみた。まずコックピットに着くと、シートが通常とは異なるバケットタイプに改められていることや各所にアルカンターラのトリムが配されている以外はGT/GTSと大きな違いはない。ただし良くみていくと細かな部分で異なっており、例えばイエローのステッチやシートベルト、シート背後に横たわるカーボン製のボディ補強バー、そしてエアコン吹き出し口の下に鎮座する黄色のダイヤル…と何やらタダモノではない感じをそこかしこに確認できるのだ。

エンジンスタートスイッチを押して、エンジンを始動させる。ブォン、とAMGならではの目覚めの雄叫びが周りの空気を震わせる。これは他のモデルでも同じだ。そしてアクセルを開けて走り出す…と、意外な印象が真っ先に感じられたのだった。
乗り味走り味は想像よりも
それは、“想像よりも乗り心地は良い”という感覚。この見た目からすると、その乗り味走り味は実にハードでガチガチであっても、誰も驚かないだろう。実際、GTRは高い動力性能と運動性能を実現するために、足回りはノーマルよりもハードに締め上げられている。加えて装着タイヤも、フロントが275/35R19サイズに、リアが325/30R20へとサイズアップされている。しかしGTRは走り出すと、意外な乗り心地を伝えてきた。

確かにノーマルよりはハードで、道路の段差や荒れたところを通過する際には、ボディとドライバーの体にはビシッと鋭い衝撃が伝わってくる。しかしながら高速道路等では路面をしっかりと捉え、路面のうねりに対してもサスペンションが想像以上に動いて車体を常にフラットに保ってくれるのだ。それだけに、実際に走らせると「これなら普段でも乗れる」と感じる。またトランスミッションはAMGスピードシフトの7速なので、2ペダルならではのイージードライブを受け付けてくれるため、思いの外気楽に走らせることができるわけだ。
パワーアップされたエンジンはまず、とても頼もしい印象を伝える。街中を走るだけなら、アクセルに載せた足にわずかに力を入れる程度でたくましく巡行していく。ゴロゴロと低い音を鳴らしつつ、たっぷりとした力によってスーッと前へ進んでいく様は、小魚の群れの中を泳ぐ巨大魚のような悠々とした感覚である。
ドライブセレクトはコンフォート、スポーツ、スポーツ+、レースと切り替えられる。特にスポーツ+やレースにすると、エンジンサウンドは明確に変化する。アクセルを踏みこんだ時の反応が鋭くなるのとともに、サウンドは一層ボリュームをまして車内に響き渡る。そしてアクセルから足を離すと、バチバチバチっといった炸裂音を響かせる。まさにレーシングカーに乗っているかのような感覚が味わえるのだ。
実際にその走りの感じやサウンドは、動画を確認していただくとよく分かる。特にスポーツ+モードでアクセルを踏み込んだ時のサウンドは相当に気持ちよいものがある。
しかし、このマシンの本懐はサーキットにある。今回は一般公道でのみの試乗だったが、そうした場所で走らせただけでもサーキットでの高い性能が内包されていることを確信できる。特にレースモードにして、横滑り防止装置であるESPを解除すると、先に記したエアコンの吹き出し口下に設置された黄色いダイヤルの出番となるわけだ。

これはトラクションコントロールの効き具合を任意に調整できるダイヤル。AMG GT Rはあまりに大パワーのFRマシンであるため、トラクションコントロールがかかっていない状態では、アクセルのひと踏みでリアが瞬時に滑るほどの力を発揮する。なのでこのトラクションコントロール機構を使うことで、容易に滑らないようにも設定できるし、トラクションコントロールをオフにして自身の腕だけで御する…というチャレンジもできるわけだ。いずれにしても、ある程度トラクションコントロールが効くようにした方が、サーキットでは速さとタイム、姿勢制御のしやすさを手にいれることができるのだが。
究極のマシンながら、ディスタンス・パイロットを備える
さらにAMG GT Rでユニークなのは、他のメルセデス・ベンツのモデルと同じように“ディスタンス・パイロット”が与えられること。これによって高速道路等では前車に追従してアクセル/ブレーキ操作をクルマに任せて走れる。そして渋滞の時などでも作動するために、安心・安全を担保してくれる。そしてこの装備があることで、例えば休みの日にサーキットで思い切りそのポテンシャルを発揮した後に帰り道の渋滞では、ラクに安全に過ごすことが可能だ。また渋滞等ではついウトウトしたりして、ヒヤリハットな体験をすることがある。そうした時にせっかくの大切なクルマが追突したりする可能性を低減してくれるという意味でもありがたい装備である。またこうした装備はドライバーの運転操作が入った場合には解除されるため、走りの楽しさ気持ち良さを阻害するものではないから、走りを存分に楽しむスポーツカーにこそ備わっていてほしい装備でもある。そう考えるとAMG GT Rのディスタンス・パイロットは、まさに今後のスポーツカーを考えた時の理想的な装備でもあるわけだ。

AMG GT Rは圧倒的な性能を、レーシングカーさながらの雰囲気とともに届けてくれる稀有な1台。しかしながら現代のトレンドともいえる安全装備をしっかりと備えており、社会的にも負荷をかけない最新鋭のスポーツカーでもある。その価格は2,300万円となるが、内容を考えるとなるほど納得の1台である。
こんなマシンがガレージに収まっていたら、時間を作って走るのが極めて楽しみになることは間違いない。
