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クルマと旅する写真家・阿部裕介の東北紀行– #3

「気仙沼ニッティング」と「いちご家族」。地域産業で未来をつくる経営者たち

photo & words: Yusuke Abe

direction: Ryoya Kaitatsu,

Arata Kobayashi(Roaster)

世界中を巡りながら作品を発表している写真家・阿部裕介さんが、Eクラス ステーションワゴンに乗り東北地方を旅する。家族写真をはじめ、人と人との繋がりを撮り続ける彼が、現地でポジティブな活動をしているキーマンたちとの出会いを通して、感じたことをフォトエッセイで綴る短期連載。最後となる今回は、東北で新しい価値を生み出している、温かみのある経営者に出会う話。

PROFILE

阿部裕介 / Yusuke Abe

阿部裕介 / Yusuke Abe 

photo: Arata Kobayashi

1989年、東京生まれ。青山学院大学経営学部修了。学生時代からアジアやヨーロッパを旅し、写真家として活動する。ネパール大地震による被災地支援をはじめ、女性強制労働問題にフォーカスした作品『ライ麦畑に囲まれて』、パキスタン辺境に住む人々の生活を捉えた『清く美しく、そして強く』など世界各国で撮影を経験。日本での活動としては、家族写真を撮影するシリーズ『ある家族』を発表している。

幸せの連関をつくる、気仙沼ニッティング

阿部裕介 / Yusuke Abe

これまで宮城県の女川町と気仙沼市を旅してきた。女川港では若いフィッシャーマンのキラキラした目を、気仙沼の唐桑地域では震災後に生まれた力強いコミュニティの力をカメラに収めてきた。刺激的な出会いに満ちた今回の旅も最終日を迎える。快適で力強い走りを感じられるので移動時間も楽しいEクラス ステーションワゴンとの別れも近づいてきて、少し寂しさを感じながらアクセルを踏む。今日は、自らの強みを生かして地域に根付く産業を盛り上げる若き経営者の姿を追った。

阿部裕介 / Yusuke Abe

1人目は、気仙沼市を拠点に手編みのニットウエアを販売する「気仙沼ニッティング」(https://www.knitting.co.jp/)の代表、御手洗瑞子(みたらい たまこ)さん。震災後の2012年に創業したこのブランドでは、地元に住む「編み手さん」と呼ばれる人たちが一つ一つ丁寧に手で編んで商品を作っている。とても熱心なファンやリピーターも多く、14万円のフルオーダーのカーディガンは1年半待ちの状態だという。色やデザイン、風合いなども素敵なニット製品を実際に手にとって見ることができる店舗「メモリーズ」で、御手洗さんから話を聞いた。「私はもともと東京出身で、マッキンゼー・アンド・カンパニーというコンサルティング会社で働いていました。2011年の震災後、いろいろな人とのご縁があって『気仙沼ニッティング』を始めたのですが、こうやって受け入れられたのは気仙沼の人たちがとてもオープンだったからだと思います」

商品に付いているタグには、作った編み手さんの名前が書いてある
 
提供: 気仙沼ニッティング

実は気仙沼には若い移住者が多く、昔から住む地元の人たちも好奇心旺盛で挑戦そのものが好きだったりする方が多いのだそう。それを御手洗さんは「健全な意味で野心的」と評していたけれど、きっと遠洋漁業で世界中の海を渡り様々な文化に触れてきた漁師さんの気質が根付いている街だから、新しい人やモノを受け入れる心があるんだと思う。「みなさん閉鎖的なところやネガティブなところが全然ないんですよ。外の人にオープンですし、今日のことは今日、明日のことは明日、といった具合に切り替えがとても早いです。とりあえず手を動かして始めてしまう行動力があります。そして、どこか根明です。とてもラテン的な気質を持っていると感じます。震災後も本当に大変だったと思うんですが、つとめて笑顔でいる方が多かったのが印象に残っていますね。そんな気仙沼は、よそ者にとっても居心地がいいんです」

取材日に作業風景を見せてくれた編み手さん
 

すると、隣で話を聞いていた編み手さんの一人、のりこさんが気仙沼に来たばかりの御手洗さんについて話してくれた。「震災以後は、いろんな事業者さんが気仙沼に来て支援してくださいました。とてもありがたかったんですが、正直、復興のための短期的なプロジェクトも多かったんです。でも御手洗さんは、気仙沼に住む私たちが働き手としてずっと続けることができて、幸せも感じられるような事業をしたいと熱心にお話されていて。するとだんだんと、御手洗さんの明るくて一途な姿勢に応援する人が集まってきました。私もその一人です(笑)」

阿部裕介 / Yusuke Abe

御手洗さんもまるで根っからの“気仙沼っ子”のように、すこぶる前向きで明るい。聞けば、マッキンゼーに勤めていた際にブータンで産業育成をする仕事をしていたことにきっかけがあった。ブータンといえば“世界で最も幸せな国”として知られているけれど、御手洗さんにも幸せを呼び寄せる何かがあるのだろうか。「ブータンは世界で“最も幸福度が高い国”として有名ですが、2008年に民主化されました。国の体制が変わりものごとが急速に変わる中で、産業育成のための人材が必要になり、当時マッキンゼーで働いていた私に声をかけてもらいました。現地に行って気づいたのは、ブータンは政策以前に、幸せを感じる力を持つ人が多いことです。ネガティブなことは上手に流して、いいことに心を向けていく。自分の幸せを追い求めるのではなく、家族や友人の幸せを願い、そのために自分にできることを探すんです」

阿部裕介 / Yusuke Abe

国教であるチベット仏教の影響も大きいというが、御手洗さんがブータンで体感した幸せを感じる力は、もしかしたら彼女自身にも備わるようになったのかもしれない。そして、彼女を受け入れた気仙沼という地もまた、明るい気質の土地だった。彼女がニットという道具を使って、気仙沼で植えた幸せの“種”は、働く編み手さんたちの生活を支え、お客さんの日常を彩る形で花を咲かせている。

阿部裕介 / Yusuke Abe

僕自身、隣国のインドやネパールには何度も訪れたけれど、ブータンには行ったことがない。いつかこの“世界で最も幸せな国”を旅して気仙沼に戻ってきたら、もっと違う景色が見えるだろうか。その日がとても楽しみである。

いちごは家族を繋ぐ大切な“ツール”だ

阿部裕介 / Yusuke Abe
阿部裕介 / Yusuke Abe

この旅最後の目的地となるのは、福島県の中南部に位置する鏡石町のいちご農家「いちご家族」(https://www.ichigo-kazoku.com/)だ。Eワゴンに乗って、気仙沼から約4時間。経由した三陸自動車道では車窓から見える海が綺麗だったけど、内陸を走る東北自動車では一転、広がる美しい田園風景に見惚れてしまった。これだからクルマ旅は楽しい。

阿部裕介 / Yusuke Abe

到着すると、日焼けをした爽やかな男性が声を掛けてきてくれた。そのイケメンこそ主である太田啓詩さんだ。「僕はこの鏡石町で生まれたんですが、家族が農家出身ではなくて、大学卒業後は外資系製薬会社の社員として関西で勤めていたんです。当時は、まさにビジネスの最前線で働いていましたし、とてもやり甲斐もありました。でも、2011年の震災後、直感的に『何かしなければ』と思って、上司に相談したところ福島県にある支社に転勤することになりました」
地元に戻ると、両親や妹さん、弟さんが日常生活を取り戻すために懸命に頑張っている姿を垣間見る。そして、仕事の傍ら行っていたボランティア活動で家族や友人、地元の人々と接することが増えていくなかで、ある想いが芽生えてきたそうだ。

太田さん家族、弟さん家族、スタッフ
太田さん家族、弟さん家族、スタッフ

「結婚して子どもができましたが、僕は彼らに『これから何を伝えられるんだろうか?』と考えるようになりました。自問自答を繰り返した結果、実家に残る自然の豊かさを伝えることが大切だと思ったんです。僕が都心に住んでいたら、子どもたちに教えられることは少ない。でも、僕が育ったこの場所であれば子どもたちに伝えられることがたくさんあることに気付きました」

いちごは昨年の12月に初めて収穫し、主に予約販売で営業している

いちごは昨年の12月に初めて収穫し、主に予約販売で営業している

もともと太田さんの祖父母が所有していた土地を一から耕し、農家を志すことになった。だが、なぜ“いちご”なのだろうか。「いちごを選んだ理由は、『一から農家を始める自分でも勝負できる』と考えたからです。いちごは、土壌の状態や水分量、気温や日射量などその土地の環境を知ったうえできちんとコントロールしてあげれば、良質なものが育ちます。また、製薬会社で働いていた知識を応用して、適切なお薬をどのタイミングでどのくらいの量を与えれば効率的に育つかが計算できますが、さらに美味しいものを追求するとなると人が細かく手間暇をかけるかが勝負になります。つまり、ある程度美味しい作物がつくれるけれど、最後は人の力量で勝負できるのがいちごだったんです」。さすがは元ビジネスパーソン。いちごを選んだのは、思いつきだけでなくきちんと戦略的に考えての決断だったのだ。

太田さん直筆のサインとイラスト。ご希望に応じて、直売所でいちごを購入するお客様さんへパッケージに描いてお渡しするという

 
いちご家族のコンセプトに感銘を受け、前職のアパレルスタッフから心機一転ジョインしたスタッフの田﨑杏理さん

しかし、品質の良いイチゴを作り、高い付加価値をつけ、多くの人に届けることだけが太田さんの目標ではないという。「なぜこの場所を『いちご家族』と名付けたかというと、鏡石町の人たちはもちろん、お客さんたちみんなが、いちごを媒介に笑顔になってくれるようなコミュニティを作りたかったからです。僕が目指すのは、いちごを中心に尊い家族を大切にしたいと思える世界をつくること。実際に、いちごを買っていただくお客さんの中にはいろんなストーリーがあります。特に印象深かったのは、お亡くなりになる前の病床のお父様が、いちご家族のいちごを唯一美味しそうに食べていたということで、お供物に数粒だけでも購入したいとご連絡いただいたお客様さんです。このように、大事な人のために、うちのいちごを渡す行為が広がっていくのが僕の願い。そう考えるといちごって、いわば“ツール”でしかないんですよね」

阿部裕介 / Yusuke Abe

僕は太田さんが話した「いちごはツール」という言葉にとても共感した。僕自身、カメラを持ち、シャッターを押すときに意識しているのは、「人」を撮るということだ。カメラは「人」を撮るためのツールに過ぎない。だから、僕は撮影の前には、必ず被写体の人とのコミュニケーションを大切にしている。今回、太田さんと会話するなかで、家族をとても大切にしていることが分かった。自身の家族だけでなく、弟さんやその子どもたち、そしてこの土地も含めて、関係のある全てが彼の「家族」という存在なのだと実感した。だから今日、僕は太田さんという人にきちんと向き合って撮影できたと思う。

旅の目的は、その途中にこそある

阿部裕介 / Yusuke Abe 

photo : Arata Kobayashi

3日間の旅は、とても濃密な時間であった。最初の記事でも書いたが、東北へは今まで何度も足を運んだけれど、今回初めて現地に住む人たちと深く関わってたくさん会話をすることができた。そこで知ったのは、震災をきっかけに生まれた新しいチャレンジに強い意思を持って行動している、たくさんの人たちの存在だ。地元の人たちと移住者が一丸となって活動していて、溢れるポジティブなエネルギーに元気と刺激をたくさんもらった。そして、この人たちにまた会いに来たいと強く思った。

阿部裕介 / Yusuke Abe

世界が落ち着いたら、僕はまた旅に出るだろう。誰かが「旅の醍醐味はその道程にある」なんてことを言っていたけど、全く同感である。僕が写真家を志したのは、アブダビでとあるデザイナーさんに「カメラやれば?」と声をかけてもらったから。だから、旅の途中にこそ思いがけない出会いがあると信じている。今回の東北の旅もまさにそうだった。そんなときEワゴンのように、タフでありながらも軽快に走ってくれて、旅の途中で高揚感を与えてくれるクルマがいれば、奇跡のような出来事が起きやすいかもしれない。

ABOUT CAR

E 200 STATIONWAGON

クルマの常識をアップデートし続け、世界が指標とするEクラス。ステーションワゴンはEクラスに積載性をプラスした派生車種のひとつ。よりダイナミックかつスポーティなエクステリアの刷新、MBUXの新機能であるARナビゲーションに加え、進化したステアリングホイールが標準装備されている。

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