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メルセデス・ベンツが考える「人間中心」のテクノロジー

words:Kazuo Shimizu

国際自動車ジャーナリストの清水和夫氏が潜入取材。CES 2018でメルセデスが発表した最新技術の舞台裏をレポートする。

イントロダクション

毎年ラスベガスで開催されるアメリカの家電ショー(CES)は世界的に注目を集めるイベントに成長している。昔はTVや冷蔵庫という家電中心の見本市として発展してきたが、最近は情報通信(IT)やコンピュータ技術などが盛んにショーアップされ、数多くのベンチャーやスタートアップの視線を集めるようになった。そこに自動車メーカーも参画するようになったので、CESは熱いイベントとなっている。

従来からある自動車ショーは近い将来のクルマのコンセプトや新型車を発表するが、それとは対象的にラスベガスのCESはとても未来志向であり、様々なイノベーションを見ることができる。ここ数年のトレンドはクルマのコネクティビティや知能化により、自動運転が取り上げられてきたが、昨年あたりからは音声認識やAIが話題となっている。果たして今年(2018年)のCESはどんなショーだったのだろうか。

ラスベガスといえば、カジノと大規模なホテルエンタテインメントで有名だが、昔はゴールドラッシュでカリフォルニアに向かう者の中継点として賑わった。もともとは開拓者時代の横断鉄道の給水地として砂漠のど真ん中に町が作られたのだが、いまでは一大リゾートとして知られる。近くにはデス・バレーがあるし、琵琶湖よりも多い水を貯水するフーバー・ダムや、ヘリコプターでグランドキャニオンも観光できる。

さっそく会場に着き、取材をはじめた。初日は停電が起き、ひと月に3日しか降らない雨が集中的にCESの初日から降り、冠水する場所もあった。しかし、CESはとても賑わい、今年は音声認識やAI(人工知能)などが話題となっていた。まるでイノベーションのラッシュアワーのような会場をかき分け、メルセデス・ベンツのカンファレンスに辿り着いた。

冒頭のプレゼンテーションはメルセデスの開発部門の総責任者のオラ・ケレニウス氏のスピーチから始まった。この日のメルセデスのトピックスは2つある。一つは「インテリジェント・ワールド・ドライブ」。この、現行のSクラスをベースにした車両で世界5大陸を走破する壮大なテストドライブが、ラスベガスでゴールした。2017年9月にドイツを出発し、5大陸を走りながら、膨大なデータを収集することが目的だった。はたして、どんなことが分かったのだろうか、興味が尽きない。

二つ目がメルセデス独自のユーザーインターフェイス、MBUX(Mercedes-Benz User Experience)だ。ケレニウス氏は、未来のクルマはどのように人とコミュニケートするのかという問いに対するメルセデスの答えがMBUXだと述べている。ケレニウス氏は「自動運転やコネクトが実装されても、メルセデスは人間中心(Human Centered)のシステムを実現する」と話してくれたが、AIを使うシステムがどのように人間中心となるのか、これも好奇心をそそられた。

今回の取材では、データ収集で世界を走ってみたSクラスとMBUXを搭載する次期Aクラスに同乗する機会に恵まれたので、詳しくレポートすることにしよう。

自動運転車のデータ収集のために5大陸を走破

ラスベガスの夜の帳が降りたころ、5大陸を走破してきたSクラスに同乗しどのようにデータを収集してきたのか取材した。

使用するクルマは現在市販されているSクラス。トランクにはゴルフバッグくらいの大きさのコンピュータとデータサーバーが積まれている。コックピットは標準車と同じだが、データを収集するトリガースイッチが配置されていて、「ここだ!」と思ったとき、ドライバーがスイッチを押すのだ。データで重視されるのは、予想外の道路環境をセンサーがどのようにセンシングしているのかで、センサーがどう見ているのか可視化できるモニターも置かれている。

ハンドルを握るのはクリストファー・フォン・ヒューゴ氏(アクティブセーフティ&レーティング担当シニア・マネージャー)。実験車のシステムは市販車と同じレベル2であるが、実際の道路環境をどう見ているのかを調べるカメラやレーダーが設置されている。夜のラスベガスの町中は賑わっているので、色々なクルマや歩行者が行き交う。センターコンソールに置かれたモニターには道路の車線やクルマなどが映し出される。データ収集はドライバーがトリガーのボタンを押した時から開始され、毎分12ギガバイトの量が集まる。

5大陸走破で得たデータはメルセデスの研究部門にクラウド経由で送られ、その膨大なデータは、これから機械学習で分類・分析される。実際に走ってきた道路の形状や車線、あるいは動いているクルマや歩行者のデータが収集されているので、将来はレベル4にも使えるデータベースとなる。

ユニークなデータが幾つも収集できたらしい。たとえばアメリカでは多く見られる「ボッツ・ドッツ」(キャッツアイ) 。車線の代わりに金属製の小円盤が道路に埋め込まれ、車線区分に使っている。オーストラリアでは右折する際には一旦左車線に寄ってからというような独特の交通環境もあるし、中国は車間距離を示すために、高速道路に白線で模様が書かれている。これはシステムから見ると横断歩道だと勘違いしやすい。

世界中を走ってみて、データからソフトウェアを開発する。たとえば、自転車専用道をみたら、あまり近づかないようにAIに教えることになる。実際に同乗していた時に、救急車が接近してきた。これは貴重なデータとなるので、ドライバーはスイッチをオンにしてデータ収集を開始。

ところで、開発サイドではレベル3~4を目指してシステムを開発しているが、例えばレベル3を想定したとき、システムからドライバーへの運転要請のトランジッションは何秒くらいが妥当なのか聞いてみた。答えはシンプルで「約3秒前後、余裕をもっても5秒」だが、「問題はドライバーがシステムからの運転要請を受け取ったかどうか、何をもってして権限委譲が完了したのか、規定するのが難しい」という。次の開発ステップは、収集したデータからAIを使うプログラムを作成すること。その段階では、普通のドライバーにハンドルを握らせ、どう反応するのか、研究することになる。メルセデスがこだわる人間中心の自動化技術は、こうして開発が進められている。

MBUXってなんだ

次期Aクラスから搭載されるMBUXは非常に面白い。キーテクノロジーは音声認識で、「ヘイ、メルセデス」と語るとシステム(AI)が反応する。MBUXは量産されるクルマとしては世界初となるAIと機械学習をベースに開発されている。自然言語は23か国語に対応し、人と語っているような感覚でコミュニケーションできるのだ。たとえば「渋滞しているので、ボスに会議に遅れるとメールしてね」と語るとすぐにメールが送られる。レベル2の段階ではサブタスクが許されていないが、MBUXがそばにいると、まるで秘書が隣に乗っているような感覚だ。
 

MBUXの最大の特徴は「先読み型Suggestion」が可能となったことだ。たとえば事務所に行くときは毎日ナビゲーションをセットする必要がなく、自動的にセットアップされる。複数向かうオフィスがあるときはどこに行くのか自動的にわかっていて、ドライバーのスケジュールや好きな音楽のパターンを学習し、それに沿って対応してくれる。気になるのは、日本の一部の、年齢の高いメルセデス・オーナーはハイテクに苦手意識を持っているかもしれないという点。その疑問に対しては、人がコンピュータに命令を入力する必要はなく、これからオフィスに行きますか?とクルマがたずね、イエスと答えると、目的地を自動的にセットアップしてくれる。この先読みの正解率は95%以上と聞いて驚いた。

MBUXはクルマに特化したデータベースを元にしているので、ドライバーが必要とする情報の先読みは非常に正確だ。

CESを振り返って

2016年のパリモーターショーで提案した「CASE」というメルセデスのコンセプトは、もはや世界のスタンダードとなったようだ。フォードやトヨタも「CASE」と同じコンセプトを打ち出し、モビリティのサービスへの転換を示唆していた。同時に、多くのサプライヤーやスタートアップ企業は、新しい技術に熱心に取り組んでいる。まるでイノベーションの嵐が起きているのだが、こうしたハイテクが実際のモビリティ社会に受容されるとき、ケレニウス氏が語った「人間中心」という言葉が重く感じられた。

※記事内で触れている車両はすべて本国仕様です。日本仕様とは一部異なる場合があります。

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