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メルセデス・ベンツとモータースポーツ、125年の歩み

2019年シーズンもさらなる活躍に期待が集まるメルセデスAMGペトロナス。その圧倒的な強さの源流を、メルセデスの歴史から紐解く。

F1(Formula 1)世界選手権の2019年シーズンが3月17日、メルボルンのアルバート・パーク・サーキットで行われるオーストラリアGPで開幕する。モータースポーツの最高峰と称されるカテゴリーにおいて、メルセデスAMGペトロナスは、2014年から昨シーズンまでに5年連続でドライバーズタイトルとコンストラクターズタイトル獲得の偉業を達成。他の追随を許さないその実力を更に研ぎ澄ませ、2019年もルイス・ハミルトン、バルテリ・ボッタスの布陣で全21戦のレースに臨む。

メルセデス・ベンツのDNAには、モータースポーツとともに歩んだ長く深い歴史が刻み込まれている。1894年にパリ~ルーアン間で開催された世界で初めての自動車レースでダイムラーのエンジンは成功の基盤を築き、以後、世紀の変わり目をまたいで勝利を収め続けていく。第二次世界大戦勃発前、1934年から1939年にかけては、ヨーロッパのモータースポーツ界を席巻し、F1世界選手権の前身であるヨーロッパ選手権のタイトルも獲得。モータースポーツ界でメルセデス・ベンツは、その地位を揺るぎないものにしていった。

FIA(国際自動車連盟)によって定義された現在のF1世界選手権が始まったのは1950年のことだが、大戦で痛手を負ったメルセデス・ベンツはまず、大成功を収める300 SLをベースにしたレースカーでル・マン24時間レースなどに参戦し、F1参戦に向けて足場を固めた。そして、満を持してF1への参戦に臨んだ1954年7月4日のフランスGPで、ファン・マヌエル・ファンジオとカール・クリングの両ドライバーがワンツーフィニッシュを決める。メルセデス・ベンツの勢いはそのままに、ファンジオはこの年のチャンピオンになったのだった。

W 154

ファンジオが再びワールドチャンピオンに輝き、スターリング・モスがランキング2位となった翌1955年、レーシング部門はF1を戦うW 196をベースとする300 SLR(W 196 S)を開発。世界スポーツカー選手権とヨーロッパラリー選手権も同時に制するものの、拡大する乗用車生産などに注力するためモータースポーツから撤退する。以後1980年代まで、スリーポインテッドスターの勇姿をサーキットで見ることはなかった。

マクラーレン・メルセデス

ザウバー・メルセデスとしてメルセデス・ベンツが再びF1の世界に戻ったのは1994年のことである。翌年からは名門マクラーレンと組み、マクラーレン・メルセデスが誕生。マクラーレンとのパートナーシップの間、ミカ・ハッキネンが2度(1998年、1999年)、ルイス・ハミルトンが1度(2008年)のワールドチャンピオンの栄誉に輝いた。チームとしては1998年に、ウェスト・マクラーレン・メルセデスがコンストラクターズタイトルを獲得したが、エンジンだけでなくシャーシもすべて手がける“オール・メルセデス体制”での参戦は、2010年シーズンからになる。

ルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグ

ワークスチームとしてのメルセデス・ベンツは2012年、F1復帰後初勝利を挙げる。そして翌2013年、ミハイル・シューマッハに代わり2008年のワールドチャンピオンのルイス・ハミルトンが加入。ハミルトンと、1982年のワールドチャンピオンであるケケ・ロズベルグを父にもつニコ・ロズベルグの体制が築かれると、コンストラクターズランキング2位に躍進。

ルイス・ハミルトン

ドライバー体制はそのまま、エンジンがPU(パワーユニット)と呼ばれるハイブリッドシステムに変更された2014年シーズンは19戦中、ポールポジション18回、優勝16回、ワンツーフィニッシュ11回とライバルを圧倒。とどまることを知らない勢いはコンストラクターズとドライバーズの両タイトルを2018年までの5年連続で制した。それはまさしくシルバーアローの黄金期と言えるものだろう。

F1の世界でもっとも成功したブランドのひとつとなったメルセデス・ベンツの挑戦は、2019年末に開幕するFormula Eの第6シーズンに拡大。19世紀に始まるメルセデス・ベンツとモータースポーツとの関わり、失われることのないDNAに刻まれた挑戦心は、新しいステージに踏み出そうとしている。

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