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躍動するふたりの駿才

メルセデスAMGペトロナスの快進撃を支える二人のドライバー、ルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタス。モータースポーツ・ジャーナリストの廣本 泉氏が、彼らのこれまでの歩みを振り返る。

世界最高峰の自動車レース、F1では2018年もメルセデスAMGペトロナスが躍進している。全21戦中15戦を終えた段階で7勝をマークするほか、計14回の表彰台を獲得。ドライバー部門、チーム部門ともに同チームがポイント争いをリードしているが、この飛躍を支えている原動
が「Mercedes-AMG F1 W09 EQ Power+」にほかならない。

Mercedes-AMG F1 W09 EQ Power+

事実、エアロダイナミクスを一新したシャーシに、ハイブリッドシステムを備えたパワーユニットを持つ同モデルは、世界の各サーキットで好タイムをマークし、今シーズンもコンストラクターズランキングでトップの座を守り続けている。

とはいえ、モータースポーツはあくまでもマシンを使ったヒューマンスポーツである。ハード=マシンと同様にソフト=ドライバーのパフォーマンスがリザルトを左右するだけに、メルセデスAMGペトロナスの活躍を語るときに欠かせない存在となるのが、ルイス・ハミルトン、バルテリ・ボッタスら2名のドライバーたちだ。

ハミルトンとボッタス

2017年に4度目のチャンピオンに輝いたハミルトンはすでに7勝をマークし(第15戦・シンガポールGP終了時点)、タイトル争いを支配するほか、ボッタスも6度の表彰台を獲得することで、チームのタイトル争いに貢献している。まさにメルセデスAMGペトロナスの両雄はF1を代表する駿才として2018年も最前線で躍動しているが、両者がここまで駆け抜けてきた軌跡は対照的で大きく異なるものだった。

ハミルトン

1985年、イギリス出身のハミルトンは8歳でレーシングカートを始めた。決して裕福な家庭ではなかったか、父と二人三脚でレース活動を続けると、その才能はすぐに開花し、1998年には当時13歳でF1チームのマクラーレンと契約し、マクラーレン・ジュニアよりカート選手権に参戦している。

2000年にヨーロッパ選手権でチャンピオンに輝くと同年9月、ハミルトンはポルトガルで争われた世界カート選手権に参戦。当時、モータースポーツの専門誌に在籍していた筆者も同イベントを取材しているが、当時からハミルトンは輝かしい存在だった。
 マシンのコントロール技術、レースマネジメントはもちろん、マクラーレンで英才教育を受けてきただけに、メディアに対する取材にもプロフェッショナルに対応していた。あどけなさが残る15歳の少年にもかかわらず、写真撮影の際にはスポンサーキャップをすぐに着用するほか、カート卒業後の進路を質問した際に「私が決めることではない。ロン・デニス(注:当時のマクラーレン代表)が決めることだ」と答えていたことが印象に残る。

ちなみに当時のチームメイトは、後にF1のメルセデスAMGペトロナスでチームメイトを組むことになるニコ・ロスベルグで、ふたりが当時から同チームで激しいトップ争いを展開していたことが興味深い。

ハミルトン

残念ながら、そのポルトガルの世界カート選手権はマシントラブルでリタイアに終わったが、その後は順調にジュニアフォーミュラ、F3、GP2と下部カテゴリーでタイトルを獲得し、2007年にマクラーレン・メルセデスからF1へデビュー。2008年に当時最年少の23歳300日でチャンピオンに輝くと2013年にはメルセデスAMGペトロナスへ移籍し、2014年および2015年にタイトルを獲得した。さらに2017年には前述のとおり、自身4度目のチャンピオンに輝くなど、F1界のレジェンドの仲間入りを果たす存在となっている。

このようにハミルトンは天性のシンデレラボーイとして、一気にスターダムを駆け上がってきたが、チームメイトのボッタスは対照的で、早くから天才と謳われながらも数多くの紆余曲折を経た“苦労人”と言える。

ボッタス

1989年、フィンランド出身のボッタスも6歳でレーシングカートを始め、その後はフォーミュラ・ルノー、F3、GP3でチャンピオンを獲得するなど順調にミドルフォーミュラで活躍した。2010年にはウィリアムズとテストドライバーとして契約するものの、実戦に挑むことはなく、2年間の足踏みを経て、2013年にようやくウィリアムズよりF1デビューを果たした。

しかし、当時のウィリアムズはパフォーマンス不足が否めなかった。2014年はメルセデスエンジンを武器に第8戦のオーストリアGPで3位入賞を果たし、自身初の表彰台を獲得するほか、計6度のポディウムフィニッシュでランキング4位につけた。続く2015年および2016年も、安定して表彰台を獲得することはできなかったが、安定してポイント圏内につき、じりじりと存在感を示していった。

そんなボッタスにとって転機となったのが、メルセデスAMGペトロナスに移籍した2017年で、第4戦のロシアGPにて待望の初優勝を獲得している。F1参戦後、5年間の時を経てようやく掴んだ勝利となっただけに「子供の頃から夢見ていただけに本当に特別な瞬間だった」とボッタスはその喜びをかみしめた。

ボッタス

ブレイクスルーを果たしたボッタスは第9戦のオーストリアGPでポール・トゥ・ウインを達成するほか、第20戦のアブダビGPでは3勝目を獲得。ランキングでも3位につけ、自身のパフォーマンスを証明した。

メルセデスAMGペトロナスで2年目のシーズンとなる2018年は前半戦を未勝利で終えるものの、6度の表彰台を獲得することでランキング4位をキープ。

互いの健闘をたたえあうハミルトンとボッタス

このように対照的な道のりを駆け抜けてきたふたりの戦士だが、プライベートも対照的で、世界中のモデルと浮名を流してきた奔放なハミルトンに対して、母国フィンランドの水泳選手と結婚した一途なボッタスといったように恋愛観も異なれば、オフの過ごし方においても世界中を旅行するアクティブなハミルトンに対して、ボッタスはフィンランドでゆっくりと静かに過ごす……といったように人生においても対照的なアプローチを見せる。

とはいえ、そんな個性の異なる両ドライバーだがチームワークは抜群で、第12戦のハンガリーGPで5勝目を獲得したハミルトンはフェラーリ勢を抑えて5位に終わったボッタスを「彼の走りがなければ今日の勝利はなかったかもしれない。チームメイトとして支えになってくれたバルテリに称賛を贈りたい」と評するほか、「僕たちはお互いにリスペクトしている」とふたりの関係性について語る。

ハミルトンとボッタス

一方のボッタスも「ルイスは本当に速くてナイスガイだ。ラインやドライビングスタイル、クルマのセットアップなど彼から細かい部分を学んでいる。彼は経験が豊富でチームのために懸命に働いている」と賞賛する。

まさしくメルセデスAMGペトロナスの快進撃は優れたマシン、そして類まれな才能を持つ2名のドライバーの相乗効果が生んだリザルトと言える。

もちろん、彼らの熱くて冷静な走りに応えるべく、チームマネジメントが完璧なオペレーションを行なったほか、メカニックたちもミスのない作業でふたりを送り出していたことはいうまでもない。

ハミルトン

この他の追随を許さないメルセデスAMGペトロナスが、いよいよ日本でレースを見せてくれる。10月5日〜7日、鈴鹿サーキットを舞台に30回目の日本グランプリが開催。この記念のレースで2台のシルバーアローは、心に残る名勝負を演じるに違いない。

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