F1の1.6ℓエンジンが、1000psを生む秘密
2017年F1世界選手権で今年もコンストラクターズポイントトップを走るメルセデスAMGペトロナス。その原動力となっているのが、先進的なパワーユニット「EQ Power+」だ。
いよいよF1日本グランプリが開幕するが、2017年のF1グランプリは、全20戦中15戦が終了した時点で、コンストラクターズポイントでもドライバーズポイントでもメルセデスAMGペトロナスがトップを快走する(ドライバーズランキングの首位はルイス・ハミルトン)。
メルセデスAMGペトロナスのF1参戦に興味のある方なら、2016年が全21戦中19勝、2015年が全19戦中16勝、2014年も全19戦中16勝と、2014年シーズン以降は無敵とも言うべき強さを発揮していることをご存じのはずだ。
では2014年以降のメルセデスAMGペトロナスの圧倒的な強さの理由は何か。そこにはドライバーやスタッフの努力があるのはもちろんだが、2014年の“F1パワートレイン大改革”が大きい。この年よりF1のパワーユニットは、エンジンからハイブリッドシステムに移行したが、その技術革新においてメルセデスAMGはライバルたちの追随を許さない。
2014年以降のF1のパワーユニットは、1.6ℓのV型6気筒ターボエンジンに、ハイブリッドシステムを組み合わせている。排気量わずか1.6ℓのターボエンジンから1000psを超すとも言われる最高出力を絞り出す秘密は、このハイブリッドシステムにある。
2014年以前のF1や現在市販されているハイブリッド車は、ブレーキング時に発生する運動エネルギーを電気エネルギーに変換してバッテリーに蓄えるシステム(MGU-K / Motor Generator Unit – Kinetic)が備わっている。一方、2014年以降のF1マシンのパワートレインの仕組みはさらに高度なものへと進化している。運動エネルギー回生に熱エネルギー回生を加える技術(MGU-H / Motor Generator Unit – Heat)が導入されたのだ。
パワーが必要な時には、電気に変換された運動エネルギーと熱エネルギーでモーターを駆動し、マシンを瞬く間に300km/h以上のスピード域へとプッシュする。この最新のF1マシンに搭載するハイブリッドシステムは「EQ Power+」と名付けられた。そして「EQ Power+」のテクノロジーはサーキットを飛び出し、「Mercedes-AMG Project ONE」や「EQ C」というモデルに搭載されることで自動車社会を変えようとしている。

フランクフルトモーターショー会場で、「Mercedes-AMG Project ONE」(右)と「コンセプトEQ A」をお披露目するダイムラーのツェッチェ会長。
最先端の技術を実現した自動車ブランド「EQ」とは
2017年9月のフランクフルトモーターショーも、さまざまなニューモデルやコンセプトカーが会場を湧かせた。中でも主役の1台がメルセデス・ベンツの「Mercedes-AMG Project ONE」だったことは間違いないだろう。
ダイムラー会長のディーター・ツェッチェがお披露目したこのモデルは、メルセデスAMGペトロナスのF1マシンと同じパワーユニットを搭載する市販モデルである。1.6ℓのV6ターボエンジンと4基のモーターを組み合わせたパワーユニットのトータルでの最高出力は1000psオーバー、最高速度は350km/hに達するという。
小型車並みの1.6ℓという排気量でこれだけのパフォーマンスを実現できるのは、モーターとエンジンを組み合わせた究極のハイブリッドシステムの威力に他ならない。メルセデスAMGペトロナスのF1マシンは「Mercedes-AMG F1 W08 EQ Power+」と呼ばれるが、この中の「EQ」が、これからのメルセデス・ベンツのキーワードとなる。ハイブリッドシステムを備えたモデルには「EQ」というブランドが冠せられるのだ。
また、「Mercedes-AMG Project ONE」の発表と同時に、コンパクトな3ドアハッチバックのコンセプトカー「コンセプトEQ A」も発表された。
メルセデス・ベンツは約1年前のパリモーターショーで「コンセプトEQ」を紹介すると同時に、「EQ」という新ブランドを立ち上げることを発表した。この時、ツェッチェ会長はメルセデス・ベンツの未来を、「CASE(ケース)」の4文字で表現した。CASEとはすなわち、「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared & Services(シェアリング)」「Electric(電動化)」を意味する。
「コンセプトEQ」は、「CASE」における「E(電動化)」の未来像を明示し、同時に走行性能だけでなく、ワイヤレス充電や5分以内の急速充電など、新しいEV社会を提案した。クーペのエレガンスとSUVのタフさを併せ持つ「コンセプトEQ 」であるが、300kW以上の出力と500km以上の後続距離を誇る完全なEVとして、0-100km/h加速が5秒以内というスポーツカー顔負けのパワーパフォーマンスは、F1直系の技術であることの証明でもある。

メルセデス・ベンツのプラグインハイブリッドラインナップ。EVとして33kmの航続距離を誇るプラグインハイブリッド車。モーターだけで最高速度は約130km/hに達する。
EQはリアルワールドで走っている
ハイブリッド車をさらに電動化の方向へ進化させる仕組みが、プラグインハイブリッド。プラグを挿して充電することが可能で、電気が充分にある状態ではEVとして走る。電気が足りなくなるとエンジンが働き、モーターとの連携で走行するハイブリッド車へと姿を変える。
現在のメルセデス・ベンツは、「EQ Power」を搭載したプラグインハイブリッド車であることを示す「e」の文字がエンブレムに備わるモデルが5つある。「C 350 e AVANTGARDE」「C 350 e STATIONWAGON AVANTGARDE」「E 350 e AVANTGARDE Sports」「GLC 350 e 4MATIC Sports」「GLC 350 e 4MATIC Coupé Sports」の5モデルだ。
各モデルのキャラクターに合わせてチューニングは変わっているが、基本的な仕組みは共通だ。すなわち新世代の2ℓの直噴エンジンに高出力モーターを組み合わせている。
このシステムの特徴は、胸のすくような加速感など、高度なドライバビリティを実現していることだ。内燃機関とは違う、シームレスでどこまでも伸びて行くような加速は、人によって「新幹線のよう」であるとも、「離陸直前のジェット機のよう」とも表現される。
ただ速いだけでなく、レスポンスに優れていることも特長だ。回転がある程度まで上がらないと力を発揮しない内燃機関に対し、モーターは電流が流れた瞬間に最大の力を発揮する。したがって、アクセル操舵に対する反応が鋭いのだ。
電動化というと、エコロジーの側面だけに注目が集まりがちだ。けれども、操る楽しさを広げるという面でも、大いなる可能性がある。
EVのパフォーマンスを向上させるのと同時に、メルセデス・ベンツはEVと人間のインターフェイスについても考えている。スマートフォンを用いた遠隔操作、ウォールユニットによる家庭でも容易な充電、ワイヤレス充電や急速充電など、その取り組みは多岐にわたる。そして現在買うことができるプラグインハイブリッドモデルにも、こうしたインターフェイスへの新しい提案が盛り込まれている。
自動車の産みの親であるメルセデス・ベンツから1世紀以上の時を経て登場した「EQ」は、従来の自動車の定義や自動車社会そのものを変えるほどの革新を象徴する言葉になるかもしれない。
<上写真について>
2017年F1世界選手権で今年もコンストラクターズポイントトップを走るメルセデスAMGペトロナス。その原動力となっているのが、先進的なパワーユニット「EQ Power+」だ。