She’s Mercedes meets Japan / Vol.16

徳島県 徳島市(撫養街道)中編 美馬のうだつの町並みと吉田邸

江戸時代から残る、歴史的建築物のある町並みへ

大阪から淡路島へ入り、撫養街道(むやかいどう)を進み徳島に向かう旅の中編。江戸時代に栄えた美馬市脇町にある藍商人のお屋敷跡、吉田邸を訪れました。

photo/ 戸松愛 text&edit/石崎由子(uraku) navigator/田沢美亜(uraku)

豊かな産業が生んだ文化

吉野川をさかのぼり、つるぎ町まで足を伸ばし「塩田製麺」で優しいご夫妻と温かい時間を過ごした私達は、今度はまた吉野川の流れ通り、河口に向かって少し移動し美馬市脇町へ車を走らせます。次の目的地は「藍商佐直 吉田家住宅」です。
うだつの町並みとしても知られる脇町は「重要伝統的建造物保存地区」に選定された美しい街並みが残る場所です。「藍商佐直 吉田家住宅」はこの町で昔の姿を今に残す代表的なシンボルとして存在しています。
風情ある町に溶け込むよう、ゆっくりと走らせる車は前回に引き続き、C220 d STATIONWAGON AVANTGARDE。カラーはダイヤモンドホワイトです。細かなハンドリングにもストレスなく対応してくれるので、町の中のドライブにも快適です。お天気も良く気持ち良く車を走らせていると、吉野川に注ぎ込む大谷川が見えてきました。このあたりを過ぎたら風情あるうだつの町並みに景色が変化していきます。白壁が美しい町なので車体のダイヤモンドホワイトも町並みに溶け込んでいて不思議な感覚です。ゆっくり町並みを感じながら走っていたら「藍商佐直 吉田家住宅」に到着しました。

豊かな産業が生んだ文化

城下町から藍の集散地へと変化して

この脇町はもともと脇城というお城があり、町として形成されました。
阿波国(徳島)の領主として蜂須賀氏が入国してからしばらくは、阿波九城の一つとして重要な役割を担っていましたが、江戸時代になり一国一城令が出されてからは廃城となりました。その後江戸時代中頃から藍作りが阿波国の一大産業となり、この地は西の藍の集散地として発展していきました。
街道沿いには藍商の立派な建物が立ち並び、家事に備えた「うだつ(卯建)」と呼ばれる延焼を食い止める小さな壁が屋根の上につけらえています。商家が密集する地域なので何度も大火に見舞われた経験から生まれた工夫で、虫籠窓(むしこまど)なども特徴的です
「うだつが上がらない」ということわざは実はここから引用されているそうで、それは「うだつ」を作るには相当な費用がかかった為、店が繁盛していなければ「うだつ」が屋根に上げられないという事から、繁盛しないとか、状態が良くない、見栄えがしないといった場面で使われるようになったようです。
「藍商佐直 吉田家住宅」にも立派な「うだつ」が上がっています。見とれていたら、今回案内してくださる美馬観光の佐藤さんが笑顔で迎えに来てくださいました

江戸時代から残る、歴史的建築物のある町並みへ 江戸時代から残る、歴史的建築物のある町並みへ
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今も残る繁栄の面影

この「藍商佐直 吉田家住宅」は寛政4年(1792年)に吉田直兵衛が創業した藍商で屋号を「佐直」とし、脇町ではトップクラスの豪商だったようです。藍商とは藍染めの原料となる「すくも」を販売する商人で、阿波国の藍は“阿波藍”と呼ばれ、とても質が高く大いに繁盛しました。
吉野川の川沿いに広がる藍の生産地も近く、また水運も恵まれたということが発展した大きな理由だったようです。
間口は十一間もあり、奥行きも五十間とかなり広く当時の繁栄が伺えます。このお屋敷は江戸末期の建物で277年前の建築物だそうです。玄関も客人の身分に合わせて3タイプあり、玄関を入ってすぐお茶室、そこからお待たせしている間に眺める中庭もあり、その奥が客間となっています。全部で25室あるらしく、とても広くてちょっと迷ってしまうほどです。お掃除など手入れが大変なのではと、つい、いらぬ心配をしてしまったほどです。

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二階に上がると半分ほどは洋室のような板の間になっていて、現在では訪れたお客様へ見せる資料が展示されています。
少しモダンな家具なども置かれていて、日本各地での商売を行っていたというだけあり、文化や情報もいち早く取り入れた、ハイカラな一面を持っていたのだなと感じます。
二階から見ると、敷地の広さを改めて感じて、驚いてしまいました。
蔵も4棟もあり、古い藍蔵は、改装されていて1階はお土産ショップ、2階はカフェとして営業しています。
その裏手には、かつては吉野川がすぐ裏手を流れていたため、蔵から続く石段を降りるとすぐ船着場となっていた様子もうかがえます。こうやって眺めてみるとお屋敷の作りがとても合理的であることに気づき昔の人の知恵に感心してしまいました。

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変わらない人の営みと吉野川

「藍商佐直」が日本各地に販売していた「すくも」は、藍を刈り取った後、葉だけを細かく刻み寝床と呼ばれる作業場で、水を打ち、切り返しを行い3か月ぐらいかけ発酵させて作ります。この作業を行う職人を藍師と呼びますが、藍商は藍師を兼ねることが多く、「藍商佐直」も藍師でもあったそうです。そのため多くの従業員を抱えていたそうで、彼らが作業を終えた後、休んだり眠ったりした場所が敷地内に残っています。それは蔵の上にあり、窓も小さく、夜になると、外から鍵をかけられてしまったりするなど、現代の私たちから見ると驚くような環境でした。夜間暇だったのか壁にはたくさんの落書きがあり、初めはその様子にびっくりしていたのですがよく見ると、なんだか朗らかにイラストが描かれていたり、ちょっと上司を皮肉ってみたり、好きな人の名前が書いてあったりと、今の私たちの社会の若いサラリーマンのようだなと思ったりして、微笑ましく感じられました。
大いに繁栄した「うだつの町」と「藍商佐直 吉田家住宅」は、当時の建築様式と吉野川の恵みを取り入れた豊かな暮らしぶりがうかがえ、体感することができる貴重な文化財ですが、それだけでなく、作業を行った一般の人たちの思いや様子もうかがえる場所でもあります。どんな時代でも人の思いや考えることは、そんなに変わらないのかもしれないと、200年近く前に暮らした人たちが、すごく身近に感じられ、時間旅行をしてきた不思議な感覚を抱きつつ、同時にどんな時も吉野川はゆったり流れていたのだろうなと思い、「藍商佐直 吉田家住宅」を後にしました。

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店舗データ

藍商佐直 吉田家住宅

藍商佐直 吉田家住宅

〒779-3610 徳島県美馬市脇町大字脇町53番地
tel: 0883-53-0960
http://www.city.mima.lg.jp/kankou/kankouannai/miru/0005.html
休館日:12月27日〜1月1日
営業時間 : 9:00~17:00 
専用駐車場あり

<urakuプロフィール>  http://urakutokyo.com/
ファッション誌や広告などで活躍中のモデル田沢美亜(たざわみあ)と
TOKYO DRESS などのプレスやアパレルブランドのディレクションを勤める
石崎由子(いしざきゆうこ)2人で立ち上げたユニット。
日本各地に残るぬくもりある手仕事や確かな技、それら日本人が大切にしてきた美意識や心を現代の生活や次世代に残し伝えて行く事を目的にしています。またそこから海外への発信、架け橋になるようにと活動を続けています。

<Special Thanks>
Continuer:Sunglass

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